柚子の樹の下で

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ほとんど記憶はないんだけれど、ボクはあの夏の日、柚子の樹の下で短い生涯を終えた。
確かすごく暑い日で、薄れゆく意識の中で柚子の葉っぱ越しに見た夏の太陽がとても眩しかった。

突然ボクを呼ぶ声がした。
その時、ボクには名前がなくて、『おい!』だったか『大丈夫か?』だったか。
すぐにボクの胸の辺りに何かが触れて、『ダメだ、こいつ死んでる!』という声が聞こえた。

ボクの背中に手が差し込まれ、体がふわりと持ち上げられる感じがあった。
ボクはありったけの力を振り絞って、頭をもたげた。
1秒かな?それとも0.5秒だったかも?

はっきり見えたわけじゃない。
でもボクの目にぼんやり映ったのは、確かお母さんが絶対に信用しちゃいけないよって言ってたニンゲンだった。

次に僕の意識が戻ったのは、ガタガタと揺れるダンボール箱の中だった。どうやらお母さんが気を付けなさいと言ってた、あの恐ろしい”クルマ”の中のようだ。
僕の体の下には古い毛布が敷いてあって、お腹と背中にはペットボトルって言うのかな?ニンゲンの飲み物の瓶が2本置かれていた。どうやら温かい水が入っているようで、ほんのり暖かくて気持ちよかった。

ガタガタ揺れるのが止まると、僕は箱のまま明るい部屋に運ばれた。
僕の心臓は動いたり止まったりしていたので、本当に断片的にしか覚えていないのだけれど、"センセイ"って呼ばれてる白い服を着たニンゲンがボクの体をあちこち触って、お尻の穴に体温計をさしたり、注射器でボクの血を採ったりした。
しばらくして、もう一人のニンゲンがボクの顔を覗き込んだ。ああ、さっきボクを抱き上げた"ヒゲ"だ。
『おい、この子、もうダメかもしれない。体温が下がりすぎてる。血糖値も低すぎて計測できないぐらいだ。』"センセイ"が言った。
『なんとか頼む。ダメもとでいいから、できる限りやってくれ。』"ヒゲ"が言った。
『じゃ、8時半ぐらいにもう一度来てくれ。でもあんまり期待しないでくれよ。』
『うん、くれぐれも頼む。』

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ボクは毛布が敷かれたフカフカのベッドに移されて、体に針を刺されて"テンテキ"ってのをされた。
また心臓が止まったけど、センセイが胸をマッサージをしてくれたので、また動き出した。
次に息が止まったけど、センセイがボクの口を開けて舌を引っ張って"ジンコウコキュウ"をしてくれた。
こうしているうちに、テンテキの魔法が効いて、ボクの身体にチカラが漲ってくるのを感じた。

センセイは8時半だって言ったのに、ヒゲは8時前に戻ってきた。
"ともちゃん"と呼ばれてる女のニンゲンと"まさ"という若い男も一緒だった。
ヒゲがボクの入ったケージに顔を寄せて覗き込んできたので、ボクはありったけの力を振り絞って『シャー!』と威嚇してやった。


ボクが敵意を見せているのに、ヒゲは『おおっ!』と言ってニコニコ笑ってた。

変なヤツだ。